サンズ・ストーリー

  • ザ・ベネチアン 夜景
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  • ザ・ベネチアン:グランキャナル・ショップ ゴンドラ
    ザ・ベネチアン:グランキャナル・ショップ ゴンドラ

ラスベガス・サンズの歴史は、若き起業家 シェルドン・G. アデルソンがCOMDEXというコンピューター関連の展示会をラスベガスで初めて開催した1979年まで遡ります。この展示会は、コンベンションタイプのデスティネーションリゾート(あるエリアのなかに、宿泊施設と各種レジャー施設を囲い込んだ滞在型の総合レジャー施設)という構想およびラスベガス地区で初めての物件を所有するための資金作りの足掛かりとなりました。そして、1989年にサンズ・ホテルを、そのまた1年後の1990年にはサンズ・エキスポ & コンベンションセンターを設立しました。

1996年、ハネムーンで訪れたベニスで触発されたアデルソンは、COMDEXが8億USドルで売却できたことを受け、サンズ・ホテルを取り壊して、その跡地にザ・ベネチアンを建設することを決定しました。水路を進むゴンドラや立ち並ぶブランドショップ、有名シェフによるレストランなど、今や世界中で知られているその特徴的なリゾートは、ラスベガス・サンズの急成長を予言するかのように、わずか2年という短い期間で完成しました。このテーマ型リゾートは1999年に開業し、フォーチュン誌にも取り上げられた「ラスベガスの全面的な再生」を巻き起こします。

ボストンの貧しい家庭に生まれ成功したアデルソンにとって、ザ・ベネチアンのデビューは、より大きな挑戦の始まりでした。他のリゾート施設が客室と快適性を必要最低限にし、カジノで収益を上げようとしていた時代に、アデルソンはその常識を破り、ホテルの客室4,000室すべてを豪華なスイートに変えました。競合相手とは異なり、客足が閑散な平日には、コンベンションと展示会ビジネスで客室稼働率を上げるという巧みな方法を考えました。それは当時、他社が簡単に模倣できるものではなく、アデルソンは大成功を収めることとなり、MICE統合型のリゾートモデルは彼の代名詞となりました。

2004年、アデルソンはラスベガス・サンズの株式を公開しました。同年、アジアからのリゾート誘致が始まりました。カジノ・ゲーミング業界の厳重な審査を受けて、サンズ・マカオは中国のカジノ・ゲーミング地区で始めてとなる、外国人経営者によるカジノリゾートとしてオープンしました。施設の、きらびやかなシャンデリア、豪奢な絨毯、290室のスイートは、アメリカンスタイルのカジノを初めて体験する人々に熱狂的に迎えられました。ラスベガス・サンズ・マカオの施設は、後にサンズ・チャイナとして上場し、今日ではマカオ最大の開発サクセスストーリーの1つに数えられています。

その後10年間、ラスベガス・サンズはマカオに繰り返し積極的な投資開発を行いました。その中でも、極めて意欲的にコタイ・ストリップ(コタイ地区)の開発を先導し、当時は湿地帯に過ぎなかった地域にアジアの「ラスベガス・ブルーバード(大通り)」というアデルソンの構想を実現しました。

施設をオープンするごとに、ラスベガス・サンズは観光地としてのマカオの魅力を高めていき、アデルソンの経営スタイルを反映した開発のペースは目覚ましいものでした。2007年には、世界最大の収容人数を誇り、ボーイング747型機を90機も駐機できるザ・ベネチアン・マカオをわずか3年で開業しました。また、同時期の2006年に、ラスベガス・サンズはシンガポール初の統合型リゾートを建設するための厳しい競争入札に参加し、見事権利を勝ち取りました。

2008年には、ザ・ベネチアン・マカオの隣で、現在ザ・フォーシーズンズ・ホテルが入るザ・プラザ・マカオのテープカットが行われました。

シンガポールで初めてカジノライセンスを取得してから4年もたたないうちに、ラスベガス・サンズによるリゾート開発の最大の象徴であるマリーナベイ・サンズが2010年にオープンしました。この統合型リゾートに建てられた3棟のタワーホテルは、水面がまるでどこまでも続いているかのように見えるインフィニティプールを備え、開業年にはシンガポールへの観光客数における新記録の樹立に大きく貢献しました。

アデルソンとラスベガス・サンズのように、都市全体への波及効果を生んできたカジノ・ゲーミング事業者は他に類を見ることはないでしょう。さらに2016年には、ラスベガス・サンズによるマカオで4つ目の施設 「ザ・パリジャン」が、「マカオを変える」というアデルソンの構想の総決算としてオープンします。

その次は…いよいよ日本かもしれません。

 

Sheldon Adelson

サンズの年表

1989

コンピュータ関連の展示会COMDEXの初開催から10年後、シェルドン・アデルソンとそのパートナーたちがラスベガスの有名なサンズ・ホテルを買収

1990

サンズ・エキスポ & コンベンションセンターが開業。120万平方フィートのセンターは現在もなお、民間所有のコンベンションセンターとしては世界最大を誇る

1995

COMDEXを8億USドル以上で売却

1996

シェルドン・アデルソンがハネムーン中にベニスから着想を得る。サンズ・ホテルを取り壊し、跡地にザ・ベネチアンを建設する

1999

歌うゴンドラ漕ぎで有名なザ・ベネチアンを開業し、大成功を収める

2004

ラスベガス・サンズがニューヨーク証券取引所に上場する。サンズ・マカオを開業

2006

ラスベガス・サンズはシンガポールで初の統合型リゾートのライセンスを取得。世界の大手カジノ経営者が参加した入札競争で一躍先頭に躍り出る

2007

ザ・ベネチアン・マカオを開業し、アデルソンがコタイ・ストリップと呼ぶ構想を実現。また、パラッツォをオープンしてラスベガスでの施設面積を拡大

2008

ザ・ベネチアン・マカオの隣にザ・プラザ・マカオを開業

2009

ペンシルベニア州ベスレヘムにサンズ・カジノリゾートを開業

2010

マリーナベイ・サンズを開業。世界的な建築アイコンのひとつとなる

2012

マカオでサンズ・コタイ・セントラルを開業

サンズによる相乗効果

ラスベガス・サンズは、MICEを中心とした最高級の統合型リゾートを世界中に建設することでお客様に忘れることのできない体験を提供しています。私たちはお客様のあらゆるニーズにお応えするだけでなく、驚きや感動、ラグジュアリーな空間や細やかなサービスなどの提供などを通し、あらゆる面で皆様の期待を常に上回り、最も贅沢で思い出深い時間を過ごして頂きたいと考えています。

  • 4万8,500人の従業員
  • 138億USドルの収益
  • 世界に8つのリゾートとホテルを保有
  • 500万平方フィートのMICE用スペース(東京ビッグサイトの2個分に相当)
  • 500万平方フィートの店舗スペース(東京ミッドタウンの店舗スペースの6.5倍に相当)

ラスベガス・サンズの実績は複合施設の開発だけではなく、地元地域に多大な経済的利益をもたらしています。

  • ザ・パラッツォ:Salute our Troops (イベント)
    ザ・パラッツォ:Salute our Troops (イベント)
  • 開発投資

    1989年以来、統合型リゾートの開発に世界中で229億USドル(インフレの影響を考慮しない名目ドル)を投資しています
  • GDP

    これらの施設の年間合計で、190億USドル地元地域の経済発展(GDP)に貢献しています
  • 税金

    毎年、35億USドルの税金を、地元地域の自治体と国に納めています
  • 購買実績

    毎年、物品とサービスの購入に25億USドルを費やしており、その80%以上は施設のある国の地元企業を起用しています
  • 雇用

    当社の施設は世界中で6万4,000件の雇用を生み出しており、そのうち4万8,500件は当社による直接雇用で、残りも当社施設内でのビジネスに関わる雇用です